2025年11月30日(日)に開催された「令和7年度 築城基地航空祭」に行ってきた。
” F-2推し ” の私にとって築城基地航空祭は、大のお気にいり。なので、雨でも降らない限り行こうと思っているが、今回は不安な点が 1つあった。それは、BIの来基・飛行展示があること。BIは、だいたい 1年おきにやってくるが、そのたびに大混雑が発生して撮影や移動(特に帰り)が大変になるし、F-2の展示飛行時間が短縮されるので、ついつい憂鬱になってしまう。それでも、大好きな航空祭なので、我慢を強いられるのを覚悟の上で出かけた。
なお、当日の来場者は、約 8.2万人。昨年(BIなし)の約 3.7倍、一昨年(BIあり)の約 1.2倍に相当する人出だった。
1. 天候:予報と現実:
予報通り、前日(11月29日)は、晴れ。当日(11月30日)もほぼ晴れだったが、一時的に雲が広がった時間帯があった。
前日の気温は、最低気温が 約 2℃、最高気温が約 16℃だった。当日は、最低気温が約 4℃、最高気温が約 21℃にまで達した。
朝の予想最低気温が低かったので、Tシャツ(前日は長袖、当日は半袖)+長袖シャツ+トレーナー+ダウンベスト+ジャンパー+ウインドブレーカーを着用して臨んだが、昼前から暖かくなってきたので、ダウンベストやウインドブレーカーは脱いでしまった。さらに当日は昼前からかなり暖かくなり、ジャンパーも不要になった。
2. 行き方:
いつも利用する旅行社が見学ツアーを企画・販売していたが、前日の予行演習の撮影ができること、当日、確実に早い時間で基地に行けることから、今年も自力・単独で行くことにした。
3. 使用カメラ:
メインカメラ:RX-10M4(24-600mmレンズ)
サブカメラ:RX-100M6(24-200mmレンズ)
4. 移動:
4-1 大阪・梅田~小倉:
28日(金曜日)の午後 9時15分に大阪・梅田を出るWILLER EXPRESSの夜行バスに乗るため、7時半過ぎに自宅を出てバスターミナルが入っている梅田スカイビルに行った。



バスは予定通り、翌日29日(土曜日)の午前 5時10分頃にJR小倉駅の周辺に到着した。


4-2 小倉~築城~松原展望台広場:
JR小倉駅からJR在来線(日豊本線)の宇佐行きに乗って「築城駅」に移動。6時13分に到着し、築城基地正門前の交差点で左折。あとは基地沿いに約 30分歩いて「松原展望台広場(以下、『広場』)」に到着した。
辺りはまだ暗かったが、広場にはすでに多くの人が来ていた。



5. 予行風景の撮影:
午前 9時過ぎから予行演習が始まり、昼まで撮影した。
広場は基地中心部からかなり遠く、しかも ” ド逆光 ” なので、たいした成果は期待していなかったが、それでもBIの写真は、なかなかいいものが撮れたと思う(自画自賛)。
なお、C-2輸送機に展示飛行の予定はなかったが、何回か出入りしていたので、着陸シーンを撮ることができた。









BIの予行演習が午後 1時前に終了したが、すぐに行くと駅前が混んでいると考えてしばらく広場で時間を過ごしてからゆっくり歩いて「築城駅」に向かった。
「築城駅」には、午後 1時43分に到着したが電車が出たばかりで、1時間弱待つことに。しかたがないので、ホームで駅を通過する特急列車などを撮って時間をつぶした。結局、 2時42分発の電車に乗り、3時過ぎに「中津駅」に到着して予約していたホテルにチェックインした。
なお、ホームで待っていたら陸自のV-22輸送機 オスプレイが築城基地に近づいてきたのに気づいて撮影したが、距離があったのでまともな写真は撮れなかった。





6. 当日の移動:中津駅~築城駅~築城基地
今年はBIの展示飛行があるので電車が混むのは必至。なので、「中津駅」を朝 5時 8分に出る始発電車に乗り、 5時29分に「築城駅」に到着。すぐに築城基地まで歩き、5時 40分頃には手荷物検査を待つ列に並んだ。
昨年同様、 6時半過ぎに手荷物検査が始まり基地に入場。以前にエプロン地区に急ぐ人が転んで怪我をする事故が発生したことを受け、今年も段階的に立入可能エリアを拡げる対策がとられ、エプロン地区に到達したのは昨年よりも若干遅い 7時半頃だった。




撮影ポジションは、例によって滑走路と基地施設・建屋との中間地点。頑張れば、 ” 滑走路かぶりつき ” のポジションを確保できなくもなかったが、人口密度が高い場所はストレスがたまるので、迷わずパスした。
なお、BIの来基によるエプロン地区の大混雑を予想していたが、今年は、椅子やレジャーシートを使用できる場所が格納庫前に設定されていて多くの方たちがそちらにいったので、BIの展示飛行が始まるまでは、それほど混まなかった。
7. 飛行展示:
雨の心配はまったくいらなかったが、雲が広がって日が陰ることもあったので、カメラの「露出補正」の設定が難しかった。
7-0 天候偵察:T-4
午前 7時半過ぎに 1機のT-4中等練習機が離陸し、天候偵察を行った(と思う)。


7-1 オープニングフライト:F-2A
第 6飛行隊(=ロクスコ)所属のF-2A戦闘機が 3機、第 8飛行隊(=ハチスコ)所属のF-2A戦闘機が 3機、次々に離陸して編隊航過飛行を披露した。






7-2 救難展示:U-125A & UH-60J
「絶滅確定機種」であるU-125A救難捜索機とUH-60J救難ヘリコプターが要救助者を救難する場面を再現した。




7-3 航過飛行:T-4
芦屋基地所属のT-4中等練習機 ” レッドドルフィン ” 2機が航過飛行を行った。今年は、小松基地航空祭と日程がダブり芦屋基地航空祭に行けなかったので、築城で撮れてよかった。



7-4 飛行展示:OH-1
陸上自衛隊所属のOH-1観測ヘリコプターが、アクロバティックな展示飛行を披露した。




7-5 機動飛行:F-2A
ハチスコ所属のF-2A戦闘機 2機が、キレキレの機動飛行を披露。
背中バッチリの写真やコンバットブレイクの写真が撮れて大満足だった。






7-6 曲技飛行:EA-300
「ウイスキーパパ」のエクストラEA-300によるアクロバット飛行は、相変わらず華麗。本来だったら、シャッタースピードを遅するべきだったが、手抜きをして 1/1,600秒で撮ってしまった。



7-7 機動飛行:F-15J
新田原基地 第305飛行隊所属のF-15J戦闘機による機動飛行も ” 背中見せ見せ ” だった。



7-8 飛行展示:T-7
BIの展示飛行の時間が迫っていたので、トイレに行っていたらその間にT-7初等練習機による飛行展示が始まっていて、防府北基地に帰る後ろ姿しか撮れなかった。


7-9 曲技飛行:T-4ブルーインパルス仕様機
一部、雲がかかっていたが、青空の下、BIが見事な編隊飛行、曲技飛行を展開し、来場者を喜ばせた。
いつも、5番機と6番機が会場正面で交差する「オポジットコンティニアスロール」と「タッククロス」の撮影には、「全集中」で臨んでいる。今回の撮影はタイミング的にはどちらもOKだったが、「オポジット~」は、手ブレ大。画像編集ソフトで何とか修正した。










7-10 模擬空対地射爆撃:F-2A
ロクスコ所属のF-2A戦闘機 4機による「模擬空対地射爆撃(AGG)」を披露した。
私は、高高度かつ直線的な飛行が中心で、近くでの ” ひねり ” が少ないAGGをどんなふうに撮ったらおもしろいのか分かっていないので、今回も不完全燃焼のまま終わってしまった。







8. 地上展示:
飛行展示が 2時に終わったので、エプロン地区を回って地上展示機を撮影した。













9. 帰路:
9-1 築城~小倉:
地上展示機の撮影を終えて午後 2時45分頃に基地を出る人の列に並んだが、長蛇の列。しかもなかなか進まず、基地を出られたのは約 1時間 40分後の 4時25分。そのあとも駅に向かう長い列に連なってトボトボ歩き、さらに「築城駅前」で電車の到着・順番を待ったので、小倉行きの電車に乗れたのは、4時55分。当然、電車内はすし詰め状態で苅田駅を出るまで座れなかった。
なお、基地内で列に並んで待っていたら、陸自のV-22輸送機オスプレイが離陸し、駐屯地に帰投する様子をカメラに収めることができた。




9-2 小倉~自宅:
一時は、間に合わないのではないかと心配したが、なんとか予約していた新幹線(午後 6時19分「小倉駅」発)に乗車できて新大阪に向かった。
なお、「小倉駅」で乗車する新幹線を待っている間に他の車両を撮影していたら、 何やら変わった色合いの新幹線が入場してきた。近づいてみたら何と「ONE PIECE新幹線」だった。





「新大阪駅」でJR在来線に乗換えて自宅最寄り駅に移動。妻が車で迎えに来てくれていたので、すぐに自宅に向かい、 9時前に帰宅できた。今回、ヘトヘトになっていたので妻のお迎えがうれしかった。感謝 !!
10. おわりに:
今年後半の航空祭は悪天候が続き、行くのを止めたり(松島、浜松)、撮影がボロボロだったり(小松)、プログラムが変更されたり(岐阜)して残念だったが、今回の築城は天気の心配をせずに撮影できて本当によかった。
なお、今回、基地から出る列に並んでから電車に乗れるまで 2時間強かかり、疲労感がハンパなかったが、帰宅後に一昨年の築城基地航空祭(BIあり)のブログ記事を確認したら、所要時間の差はせいぜい20~30分程度(今回の方が長い)だった。それなのに、当時のブログには、「疲れた」「しんどかった」といったネガティブなコメントは皆無だった。やはり、この歳になると気づかぬうちに体力・気力が衰えてきているのだろう。残念だが、それが自然の摂理。だからこそ、体が動くうちは多少無理をしても、出かけていきたいと思った。
了




















































































































































































































































































